冬 島根への旅

食の根源を教えてもらった島根県雲南市の旅。人も、ごはんも、巡り続けるエネルギー。

<旅の3日目はこちら

料理家cayocoさんの食と人をつなぐ旅「food letters」。冬の旅は島根県雲南市へ。雲南市は、日本の25年先の高齢化社会の姿と言われているそうで、今回滞在した久野地区も約700人の住民のうち、40%が高齢者とのこと。子供が生まれると区報に出るほど大きなニュースなのだとか。

「イメージがくつがえるんですよ、悲壮感はなくて、東京よりこっちのほうが希望があるんじゃないかって」

家庭医としてこの土地を定期的に訪れながら研究を続けている今回の旅の案内人のよーよーさんは、旅のはじまりにそう私たちに教えてくれました。

室温だけでは説明できないあたたかさで迎えられて

旅の宿泊先は、殿居敷(とのいしき)自治会の公民館をまるごとお借りすることに。旅の初日、夜7時過ぎに公民館に到着すると、自治会長の長妻賢二さんとるり子さんご夫妻が出迎えてくれました。

電気をつけ暖房で温めながら到着を待ってくれていたその場所は、公民館なのにお二人の自宅にとおされたような、室温だけでは説明できないあたたかさが。「私たち仲いいの」と自他とも認めるおしどり夫婦のその姿は、新婚さんのような可愛らしさがあり、掛け合いを見ているだけで思わず頬が緩みます。

今回の旅では、中学生や高校生も含む地元の女性たちを集めて、この土地で仕込まれた「殿居敷」という名の日本酒づくりの工程でとれる米粉をつかった料理教室を開きました。

元々このお酒づくりは、地域に住む男性たちがお酒の売上で女性たちに何かをしてあげようという思いからスタートしたとのこと。地域の人たちから話しを聞いたところ、男性が女性に料理をふるまうなど文化がどうやら根付いている様子。なんて羨ましい!

誰かにとっての庭であり、ふるさと

料理教室に参加した一人のお母さんはこんなことを教えてくれました。「この地域は、気づいたらよその人がきてるんですよ。」その言葉は、旅のさなかで私たちも実感します。

それは米粉の料理教室の翌日、この土地で収穫した蕎麦でそば打ち体験を開くとのことで、てっきり地域の人たちで開くのかと思いきや、ぞくぞくと外部から学生といった若者たちがやってきたのです。「ここは僕にとって庭みたいなもんです」と参加者の一人が嬉しそうに教えてくれました。

何度も雲南市を訪れているよーよーさんは、その参加者とこの場所で顔見知りになったよう。町の中で会う人全員と知り合いなんじゃないかというほど「先生、先生」と慕われているよーよーさん。兵庫県生まれで現在は西荻窪で暮らしながらも、雲南市は「自分のふるさと」と呼べる場所だといいます。

この土地で生まれ育っても、そうでなくても、誰かにとっての庭であり、ふるさとになれる場所。雲南市で感じる、このあったかさの正体とはなんだろう。

エネルギーが巡っているような場所

旅の3日間を共に過ごした、自給自足の生活をする妹尾(せのお)さん宅での体験も含めて、旅全体を振り返りながら「あったかさの正体」についてcayocoさんに聞いたところ、こんな答えが返ってきました。

「妹尾さんは自然エネルギーを巡らせていて、地域のみなさんは人の縁をコミュニティで巡らせていて、表現方法は違うかもしれないけれどやっていることは同じなんじゃないのかなって。

私が西荻のお店で立っていた時もよくあったことで、誰かががんばっているからがんばろうと思えたり、親切に助けてもらったから私も助けようと気持ちが自然とうまれたりと、エネルギーが巡っているような場所なんだと思います。」

お金とは違う形で巡らせていきたい

妹尾さん家族と過ごした3日間に対して、ドネーションという形でお礼をお渡しすることを相談した時もcayocoさんは「巡らす」という言葉を繰り返していました。

「お金で考えると限度がなくていくらでも払えるような気がするんです。でも心の全てをお金で表現しなくてもいいと思っていて。得たものをちゃんと伝えていきたい、お金とは違う形で巡らせていきたいと思います。」

旅の最後のお昼ごはんは、その日宿泊先として自宅を快く提供してくださった地元の中西さんが働く茅葺き屋根の食事処で、囲炉裏を囲んでランチをいただくことに。

食の根源を教えてもらった旅

ぱちぱちと音を立てて燃える囲炉裏の火を眺めながら、cayocoさんはエネルギーの話しを続けてくれました。

「今回の旅で作ったごはんは、全部自分の味じゃないなって思いました。何をやっても自分の味じゃなかったんです。でも命あるものってそうなんじゃないかなって。私の想いも何もなくても食材のエネルギーだけで十分。

この旅は食の根源、命の一番大事なところを教えてもらいました。ごはんを作る以前の話。こころとからだを整えると、おいしいごはんがつくれることを学びました。冬の旅は根っこでしたね。」

ごはんをつくる時、いただく時、ごちそうさまの後もエネルギーは巡り続けている。誰かと言葉を交わす時、笑い合う時、目と目が合っただけでも、エネルギーは巡っている。

エネルギーとは、宗教でもオカルトでもスピリチュアルでもなく、ごく自然に身の回りにあって、自分の中にも巡っているものだから。
そんな命の根っこにそっと心を澄ませてみるだけで、何かが見えてくるかもしれません。

あなたに届く「food letters」

春夏秋冬。旅を通じて届けた、受け取った「food letters」。
一つひとつが忘れられない出会いとなり、「美味しい!」の笑顔に溢れた旅。

食べものは手紙のようなものなのかもしれません。
育ててくれた人の鼻歌や、注いだ太陽の光や雨の記憶、届ける人の笑い声、つくる人の息づかい。
それらが何層にも重なり合った「food letters」。

今日、あなたの元にはどんな手紙が届きましたか?
今日、あなたはどんな手紙を書いていますか?

<完>

写真:浅田剛司


レシピ本「food letters」に掲載するすべての旅を終えました。応援してくださったみなさま、本当にありがとうございました!旅の連載も今回で終了となります。記事を読んでくださったみなさまもありがとうございました!今後は、本づくりの制作風景をお届けしますので引き続きお楽しみくださいね。

この特集の目次

  1. できるかできないかではなく、やるかやらないか。島根県雲南市の妹尾さん家族と過ごす、自給自足の暮らし体験。
  2. 生きる力ってなんだろう。旅で始まったデトックスが教えてくれる、心と体の声。
  3. 料理の心の置き場所を変えた、鶏を絞めるワークショップで学んだ、命のつながり。
  4. 食の根源を教えてもらった島根県雲南市の旅。人も、ごはんも、巡り続けるエネルギー。

お知らせ

心がひとりぼっちになった時、そっと言葉で明かりを灯してくれる本、当店オリジナル、作家小谷ふみ著書「よりそうつきひ」が発売となりました(ご購入はこちらから)。 どこか切なくて、寂しくて、愛しくて、ホッとする。なんでもない一日を胸に焼き付けたくなるようなショートエッセイが束ねられた短編集です。読んでいると大切な人の顔が心に浮かんでくる世界が広がっています。

この記事を書いた人:

「よりそう。」館長。時として編集長に変身し、ライターとして駆け回り、ドローンも飛ばしちゃいながら、訪れるみなさんをお出迎えします。好きな本は、稲葉俊郎『いのちを呼びさますもの』。好きな料理は、さつまいも料理。
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