冬 島根への旅

生きる力ってなんだろう。旅で始まったデトックスが教えてくれる、心と体の声。

<旅の1日目はこちら

春、夏、秋と旅をしてきたcayocoさんが、はじめて旅の中で体調を崩したのは1日目の夕方のこと。

島根県雲南市で自給自足の暮らしを実直に続ける妹尾(せのお)さん家族と共に過ごす冬の旅。料理家cayocoさんが、食と人をつなぐ「food letters」と題するレシピ本におさめる最後の旅はまだ始まったばかり。cayocoさんあってのこの旅、先行きが心配になります。

デトックスが始まっているんだと思います

雪がうっすらと積もった2日目の朝。山陰地方をはじめて訪れた身としては、夜が明けたのかわからないうす曇りの空。

一晩ですっかり冬景色となった窓の向こうにむかって、cayocoさんはあぐらをかいて目を瞑りどうやら瞑想をしている様子。頭痛がまだ取れないというその理由に思い当たることがあるか聞いてみたところ、こう教えてくれました。

「デトックスが始まっているんだと思います。いい食べものというのは、食べたら必ずしもいいわけではないんです。きっと妹尾さん家のごはんは病気の人が食べたらすぐに治ってしまうんじゃないかな。少量で十分なんだと思います。

食材の一生を知っていて、感謝の気持ちも楽しい気持ちも詰まっていて、竈の火のエネルギーも加わり、身体の滞っていた部分が出てきているんだと思います。精神的には楽なので大丈夫です。」
そう話すcayocoさんと共に、心配な気持ちを抱えつつも今日も妹尾さん宅へ向かいます。

何か悪いわけではなくお知らせがきたから

生まれてはじめての雪に縮こまっている子犬のさんたろうを抱えるふたばくん、孝信さん、直子さんが出迎えてくれると「さあ、あったまって」早速と居間にとおしてくれました。

「cayocoさんを何で治せたらいいのかなあって昨日から考えていて、生姜シロップがいい?半身浴する?里芋湿布?やっぱり梅干しかな?」cayocoさんの体調を同じように心配していた直子さんが着いて早々に、次から次へと提案をしてくれます。

「食べもので助けてもいいけれど、心が気づかないとかなと。このサインは何か悪いわけではなくお知らせがきたからで、また一つ何かが開けるのかなと思います。最後は自分の心だと思います。」
そう答えるcayocoさんに「身体との対話だからね」と頷く直子さん。

電気を使わない、足踏み脱穀機

朝ごはんをいただいた後は、蔵で脱穀作業の体験をさせていただくことに。できるだけ電気を使わないようにしたいという孝信さんが見せてくれたのは、足踏み脱穀機。これは、民族博物館などで展示されている、普段の暮らしでは見かけることのない珍しい機械。実物を触るのはもちろんはじめてのこと。

片足でリズム良くハンドルを踏みながら、稲を脱穀機の棘に当てて、粒を外していきます。ブーンブーンと回る脱穀機の音に、パラパラと散らばる米粒の音。コツをつかむまで精神をぐんと集中させるとなんとも心地よい気持ちに。

「朝の静かな時間にここで一人で黙々と作業するのが好きなんです」と話す孝信さん。どの程度脱穀させれば良いのかを聞くと「このまま畑に返すから大丈夫です。粒が残っていても、すずめがついばみにくるから大きな目でみると循環しているんです。だから無理に取らなくてもいいんです。」と優しい眼差しが返ってきました。

冬はこたつで豆仕事

火鉢であたためられた居間のこたつに再び戻り、障子の向こうをそっと開けると外は雨が降ったり止んだり、相変わらずのグレー一色の世界。春から秋にかけて山と畑で汗を流しながら毎日を過ごした後、雪が深く積もるこの土地の冬は静かに家で過ごすのだそう。とはいっても、やるべき仕事は盛りだくさん。その中の一つ、白インゲン豆の殻剥きをお手伝いすることに。

こたつと同じくらい大きなざるにザザーっと盛られる白インゲン豆。cayocoさん、旅の案内人よーよーさん、写真担当の浅田さん、そしてふたばくんと一緒にもくもくと作業をしていきます。カラカラに乾いた黒染みのついた殻を割ると、さやの中でお行儀よく並ぶ、白く輝く豆たちが顔を出します。

つるつるすべすべ。光沢とマットの中間の質感の白インゲン豆の表面は、天井に吊るされた黄色い電球に当たると宝石のように眩しい。

土をまとったヤーコンのみずみずしさ

激しく動いたわけではないのに、豆の作業がひと段落するとおなかがすくから不思議。直子さんのお昼ごはんをいただき、午後は畑に向かいます。

雪が浅く積もった道を15分ほど歩くと妹尾さんの畑に到着。妹尾家のごはんに何度も登場したヤーコンを収穫します。生で食べると梨のような食感とさわやかな甘みをもつヤーコン。畑の姿は、背丈ほどある黒ずんだ茎が力なく立っています。この下にヤーコンは眠っているのだそう。

軽々と引っこ抜く妹尾さんのお手本を見た後は、cayocoさんがひっぱります。すんなりと抜けて、顔を出したヤーコンたち。土をまとったその姿からみずみずしさが伝わってきます。

まるで魔法のようなcayocoさんの手

「次は誰かやってみますか?」そう促されて私も試すことに。絵本の「大きなかぶ」のようにうんとこしょ、どっこいしょと力を入れても、これがなかなか抜けません。「うーん!!!」と踏ん張っていると、cayocoさんが手助けを。その途端、ふわっと軽くなりスルっと抜けて、もうまるで魔法のよう。

「私はそんな力入れてないですよ」ふふと笑うcayocoさん。「野菜に話しかけるといいらしいですよ」と今更アドバイスをくれる浅田さん。みんなの笑い声が真っ白な畑に響きます。

昔は、ポテトチップスでごはんを食べるような人だった

妹尾さん宅に戻り、冷えた身体をこたつで温めます。足元に火鉢の入ったこたつは、電気と違って驚くほどに優しく包んでくれます。こたつの横では、直子さんのマッサージを始めたcayocoさん。

料理家という肩書きと共にセラピストとしても活動をするcayocoさんは、体調が悪い時は誰かにマッサージをすることで逆によくなったりするのだそう。二人の会話に耳を傾けていると、直子さんがこんな告白をしてくれました。

「私昔は、ポテトチップスでごはんを食べるような人だったの。吉野家とマックをはしごする女子よ!」

直子さんは、島根に移り住む前、埼玉県で介護施設に勤めていたのだそう。徘徊OK!と謳うその施設は、認知症の人もそうでない人も一緒に好きなことをして過ごす場所。

「毎日すっごく楽しかったよ!得体のしれない出来事が起きるのが楽しくって!帰りのミーティングなんてみんなで毎回大爆笑だったらかね〜!」直子さんの話を聞くだけで、面白おかしく思えるので、テレビに流れる悲しいニュースとはずいぶんかけ離れた世界のよう。

全身で「楽しい!」と捉える心

その後畑に興味を持ち始めた直子さんは、島根県で有機農業に取り組む木次乳業の佐藤忠吉さんの元で3年間学ぶことに。学ぶといっても、何か教育制度があるわけでも、ノルマがあるわけでもなく、「好きにやっていい」と完全な放置状態。時間の制約もない中、直子さんは一日中虫を追いかけたり、生き物を見つめ続けたといいます。

「今は楽しむ対象がじーちゃんたちから畑の生き物に変わっただけね!」とあっけらかんと笑う直子さん。目の前の対象が人であっても虫であっても葉っぱ一枚であっても、全身で「楽しい!」と捉えるその心が、なんとも逞しくてしなやかでスコーンと気持ちがいい。

「サラブレッド」と「なりあがり」

そんな直子さんが去年から体調を崩し始めたそうで、その間ひたすら自分の身体との対話を続けたといいます。「最後は身体の中の小さな宇宙との交信だなって。じっくり身体と向き合ってじっとすることは大切で、きっと病院に行く前にやるべきことはこれなんだろうなあ。」

今朝のcayocoさんと同じことを、どうやら直子さんも繰り返してきたよう。これまで薬を一度も飲んだことがないというcayocoさんは、写真担当の浅田さんに言わせてみれば「サラブレッド」。そしてジャンクフード経由で自然農に辿り着いた自称「なりあがり」の直子さんもまた同じ答えに辿り着いています。

「なんだかこの部屋、トロトロしていて気持ちがいい〜」そうつぶやきながら、cayocoさんと直子さんのマッサージの横でこたつにうずくまるよーよーさん。襖をスッと開け入ってきた孝信さんが、ゴロゴロまどろむ私たちを見て「ふふ」とうつむきながら静かに笑います。

もしかすると白インゲン豆のさやの中も、この部屋の中のような柔らかな空気が満ちていたのかも。火鉢の炭を動かすその音さえもうっとりするほど、身体中の細胞がぐーっと伸びをし始めます。

生きる力は自分で追い求めていかないと身につかない

ジャンクフード漬けの暮らしから一変して自給自足の暮らしに辿り着いた直子さんは、これまでの道を振り返りながらこう話してくれました。
「どこにいても土を耕せるスキルがほしい。鍬一本あれば生きていけます、って言える人間になりたい。」

それを聞いた孝信さんは頷きながらこう続けます。
「生きる力は自分で追い求めていかないと身につかないと思う。山で生えているものは8割方食べれることを身体が知っていれば生き残れるんです。
種をまかなくても生きられる人間になれるように、そしていつか子供が生まれたらそういう関わり方をしたいと、自給自足の暮らしのモチベーションになっていました。」

そして二人の元にやってきたふたばくんは、生きる力が静かに燃えているような子。背筋を伸ばして正座をしながら、cayocoさんと同じサウスポーで上手にお箸を使いごはんをもくもくと食べる姿は思わず見惚れてしまうほど。

cayocoさんの手はゾウの足?

マッサージを終えた直子さんがゆっくりと起き上がるとこうひと言。「cayocoさんの手、すっごくあったかくて大きなゾウの足に触れているみたいだった。手、見せて。」

そう言われて広げたcayocoさんの手は、とてもとても小さな手。特に小指が短くて、こんなかわいらしい手で私のヤーコンにひょいと魔法をかけてくれたとは。

「ああ、いい手をしてる」と直子さん。マッサージを終えたその表情は今まで以上にほぐれていて、マッサージをしていたcayocoさんの顔も血色が良くなっていて、その余波に包まれた私たちまでもトロトロ状態。

自分の輪郭が溶けるほどの柔らかさ

身体を大きく動かしたわけではないけれど、この場所にいるだけで、生きる力について静かに心が向き合い始める。生きる力とは、決して力強いたくましさのことだけを指しているわけではなくて、ただそこにいるだけで自分の輪郭が周りの空気と溶けていくほど、柔らかくなれることでもあるのかも、と。

雪景色が映る窓に向かって瞑想をしていた今朝のcayocoさんの姿を思い出す。心と身体がギュッと閉じてしまった時は、自分の奥へ奥へ、階段を降りていってみよう。そうすればひょいとヤーコンを抜ける魔法も手にすることができるかもしれません。

旅の3日目につづく>

写真:浅田剛司

<INFORMATION>

フタバ印の野菜

妹尾さんの畑でのびのび育った、無農薬、無肥料、不耕起、できるかぎり自家採取の野菜の配達便です。加工品の直売、県外への配送も可能。
電話:090−3651−4029(妹尾孝信)

暮らし体験 ふたば家

妹尾さん家族が案内する農作業と暮らし体験。お昼は、フタバ印の野菜を炭と薪で調理した自然の恵みごはん付き。ランチのみの利用も可(但し、11:00〜14:00)。

時間:9:00〜16:00内(都合の良い時間をお知らせください。)
予約:3日前まで
料金:自由(ドネーション制)
電話:090-9951-5784(妹尾直子)

この特集の目次

  1. できるかできないかではなく、やるかやらないか。島根県雲南市の妹尾さん家族と過ごす、自給自足の暮らし体験。
  2. 生きる力ってなんだろう。旅で始まったデトックスが教えてくれる、心と体の声。
  3. 料理の心の置き場所を変えた、鶏を絞めるワークショップで学んだ、命のつながり。
  4. 食の根源を教えてもらった島根県雲南市の旅。人も、ごはんも、巡り続けるエネルギー。

お知らせ

心がひとりぼっちになった時、そっと言葉で明かりを灯してくれる本、当店オリジナル、作家小谷ふみ著書「よりそうつきひ」が発売となりました(ご購入はこちらから)。 どこか切なくて、寂しくて、愛しくて、ホッとする。なんでもない一日を胸に焼き付けたくなるようなショートエッセイが束ねられた短編集です。読んでいると大切な人の顔が心に浮かんでくる世界が広がっています。

この記事を書いた人:

「よりそう。」館長。時として編集長に変身し、ライターとして駆け回り、ドローンも飛ばしちゃいながら、訪れるみなさんをお出迎えします。好きな本は、稲葉俊郎『いのちを呼びさますもの』。好きな料理は、さつまいも料理。
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