料理家cayocoさんの食を人をつなぐ旅「food letters」春・福岡編、第一話はこちら
一年中、食が豊かな津屋崎で伝わる保存食とは
畑を後にした私たちが向かったのは、国の有形文化財にも登録されている、藍の家という津屋崎のシンボルでもあり案内所とも呼べる場所。
そこでお話を伺ったのは、藍の家保存会のメンバーのお一人、大賀さん。津屋崎の保存食について伺うと、「ここは一年中なんでもあるから、保存食を知らなくてもいいんですよ。」と前置きをしながらも、民族資料集を片手に食にまつわる昔話をたっぷりと聞かせてくださいました。
cayocoさんが興味深くメモをとっていたのは、福岡の郷土料理すいだぶとだいだい(柑橘類の一種)のポン酢。津屋崎では時期になると、大量に収穫できるだいだいをまとめて三杯酢にして冷凍するとのこと。使う度に、醤油と合わせて新鮮な手作りポン酢をいただくのだそう。
「私はプラスチックはいや。瓶でなきゃだめです。絶対に瓶です。」そう力強く、瓶でつくることを強調する大賀さん。
どうやらだいだいポン酢は、食が豊かな津屋崎では数少ない、この土地に伝わる保存食の一つのよう。
津屋崎の家庭に伝わっていた保存食
「そういえば、ばあちゃんの庭にだいだいがまだあったらから取りに行きますか?」
角さんからそんな提案をいただき、藍の家でお話を伺った後は、そのまま歩いて角さんのお祖母ちゃんの庭へ向かいます。
干潟に面した角さんのお祖母ちゃんの家は、目の前に大きな空が広がる気持ちの良い景色。だいだいポン酢について聞いてみると「さあ、覚えてないねえ」と困り顔。ところがすぐさま「ああ、思い出した!瓶で作ってたわ!」とお祖母ちゃん。
「やっぱり瓶なんだ!」と先程の大賀さんのお話にも繋がり、嬉しく盛り上がる私たち。瓶につくるだいだいポン酢。それが津屋崎の家庭に伝わっていた保存食であることは間違いなさそうです。
旅先で出会う誰かの日常とは、どうしてこんなにも美しいのか
背丈の低いだいだいの木を見て「かわいい」とcayocoさん。お祖母ちゃんの畑には、ふさふさとしたきんさいが並んでいました。一口味見をさせてもらうと、香りが豊かで優しい味が。
オレンジ色に深い赤みを足したような橙色の、立派なその実を手にした私たちは、夜ごはんの支度をすべく浜の家へ戻ります。帰り際、お礼とさよならを伝えると水撒きをしながら手を振るお祖母ちゃん。
「かわいい。」「うん、かわいいですね。」
駆け足で夜へ向かっていく薄紫色の夕空の下、その姿は神聖なほどに穏やかで、見ている私たちの心をゆるりと解いてくれるようでした。
今日も一日が穏やかに終わる。そのことの、尊さが心にじんわりと沁み渡る。旅先で出会う誰かの日常とは、どうしてこんなにも美しいのでしょう。
写真:浅田剛司
<つづく>
この特集の目次
- 料理家cayocoさんの食と人をつなぐ旅 第1話「かわいい」と感じる目と心。そこにはいつだって愛がある。
- 人と同じように野菜に対しても、心を大切に置くこと。
- 旅先で心に沁み渡る、一日が穏やかに終わることの尊さ。
- 知らないって寂しい。知るって嬉しい。だから人は優しくなれる。
- 旅の偶然の出会いは、なんでもない風景を忘れることのない景色へと変える力がある。
- 料理はこんなにも人の心を伝えてくれる。
- 人が人を想う心は見えないけれど、本当はこの世界に溢れている。
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