この日のcayocooさんの料理教室のはじまりは、ざっくり決まっているメニューとずらりと並ぶ食材のみ。レシピや分量のプリントを事前に渡されることはなく、選ぶ食材や味付けも参加者で決めていくプロセスです。
「さあ、ここから降りてみましょうか」。
まるで雪山のスキー教室で、コーチからいきなり言い放たれるような「うそー!?」というハラハラ感。決して険しい山に置き去りにするわけではなく、小さな丘のようなところだけど。
追いかけるのは、目の前の食材たちの表情と声
「今日は、大豆ハンバーグ、サモサ、サラダ、スープを作ろうかなあと思っているのですが、みなさんと一緒にどのお野菜を使うか、どんな味付けをするか考えていきたいと思っています。まずはお野菜をぜひ手で触ってみてください。」
そんなcayocoさんの言葉で始まった今年1月の料理教室。
「え…メニューはこれから決まっていくのか。」小さな不安を胸に、恐る恐る野菜に手を伸ばしていく参加者たち。けれどもそれはほんのはじめだけ。
cayocoさんは食材を小さく切って参加者全員に手渡していきます。料理の途中で素材をそのまま味わうって、普段の台所ではなかなかやらないことです。
人参、ビーツ、次々に味見をしていくと、香りや水分、甘み、酸味、辛味などの素材の情報がダイレクトに伝わってきて五感が刺激されます。次第に土や太陽の面影までも伝わってきて、体全体の細胞が開いていくような感覚に。
追いかけるのはプリントの数字でも文字でもない、目の前の食材たちの表情や声。cayocoさんが大切にしている料理の心得の一つを学んでから、いざ調理スタートです。
突然託されたサラダ担当
黒豆ハンバーグのレンコン挟み焼き、かぼちゃのサモサ、蒸し野菜のポタージュが出来上がっていくと、私も含めた4人の参加者はトマトソースの味付けとグリーンサラダの二手にわかれることに。
私が託されたのはサラダ班。「◯◯サラダをつくりましょう!」というガイドラインは一切ありません。もう一人の参加者の方と一緒にたじろぎながら、白菜、甘夏、パセリ、せり、塩麹、アガベシロップなどを味見して、どう切るか、何を入れるか、どう味付けするかを話し合って決めていきます。
「わからなくなってきましたね…」途中は迷走状態に。ひたすら野菜と調味料をちびちび試食しては自分たちの感覚に問う作業を繰り返します。その間cayocoさんは、はじめて扱う調味料については、特徴を細やかに教えてくれながらも、基本的には静かに見守り、急かすことなく待ってくれています。
そして最終的には自分たちでもびっくりするくらい美味しいサラダが出来上がってしまったのです。嬉しすぎて、もうハイタッチしたいくらい!(もちろんそんな勇気はありませんでしたが)
どんな時も「楽しい」という気持ちがあれば大丈夫
料理が全て出来上がってから、cayocoさんは「はじめに渡そうかどうか迷ったんですが…」といいながらプリントを配り始めました。
「連想でイメージを膨らます」「感覚を信じて進める」等、cayocoさんが普段の料理で大切にしていることは、まさに料理教室で体感したものばかり。その中で、これさえ忘れなければ大丈夫、というポイントがありました。
それは「どんな時も『楽しい』という気持ちがあれば大丈夫」。
例え味付けや焼き具合が失敗したとしても、「楽しい」という気持ちを忘れなければ、そのエネルギーは必ずごはんに映される、と。
家族のために毎日ごはんをつくり続けるのは、楽しい気持ちはどこへやら、心が折れてしまう時もあります。山積みの仕事を終え、足にしがみついて泣く子どもの声を聞きながら台所に立つ日は、「あー、めんどくさい!」と苛立つことも。
「楽しく作って、楽しく食べる。」わかっているけど、ついつい忘れがちな気持ち。グリーンサラダを試行錯誤しながら作ったことで、そうだったと思い出せました。
今夜はうどんだけで勘弁という日も、罪悪感を放り投げて「ええじゃないか、ええじゃないか!」と関ジャニ∞を口ずさんでみようかしら。きっと鼻歌もいい味になるはず。
写真:浅田剛司
cayoco|料理家・セラピスト
身体を崩したことをきっかけに東京療術学院で東洋医学を学び、卒業後は長野の穂高養生園でマクロビオティックを学ぶ。
カフェや飲食店を経て現在はフリーの料理家として旬野菜ごはんのお料理教室やケータリングも行っている。
https://www.instagram.com/h_cayoco/
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