1年前の新米の季節。料理家cayocoさんがまだ西荻窪「ていねいに、」のお店に立っていた時のこと。
cayocoさんが朝起きると、立ち上がるのが厳しいほどの頭痛が。お店に行くのをやめようかと迷いながら、前日に炊いた白米の冷や飯でおむすびをつくったところ、痛みはスッと消え、横になっていた身体が一気に軽くなったといいます。
「マクロビ的には、白米は玄米より身体を冷やすと言われているんですが、星の坊主さまのこじょうさんのお米で握ったおむすびは、食べ物のエネルギーがスーッと身体に入った感じがしました。」
料理家cayocoさんの食と人をつなぐ旅「food letters」、第三弾の秋の旅の前半は長野県の佐久市へ。cayocoさんの頭痛を一瞬で吹き飛ばしたお米をつくった、星の坊主さまのこじょうゆうやさんに会いに行ってきました。
驚くほど澄んでいる目をした人
新宿発の高速バスを降りると、早速出迎えてくれたこじょうさん。はじめましての挨拶をしながら顔を合わせると、驚くほど澄んでいる目に思わず吸い込まれてしまうほど。
あまりの美しさに一気に上がる心拍数。ドキドキする心を抱えて車に乗り込み、いざ「星の坊主さま」へ。車中では、教壇に立つ先生のように、こじょうさんは雄弁に佐久市についてに語ってくれました。
佐久には、人助けをする遺伝子がある
そのお話によると、佐久は長野県の中でも有機農業の密集率が高い地域で、経済的に成功している農家も多く、地産地消の走りとなった農家レストランがあったり、どうやら食に対するアンテナが高い人が集まっている土地のよう。
それに加え「人が自立をしていて、人助けをする遺伝子が町にある」とのこと。星の坊主さまの拠点である旧望月町は中山道の宿場町でもあり、昔から人の往来が盛んでよそからきた人を向かい入れる基盤があり、その後も「共働」の精神でまちづくりが行われてきたそうです。
野菜便は週10件のみ?
こじょうさんがこの土地に移り住んだのは、2014年4月。有機農業を勉強したいと長野県に問い合わせをしてすすめられた場所がこの佐久市。現在は、米、小麦、野菜を自給自足しながら、5月~10月は週10件ほどの野菜便を東京のお客様へ送っているそうです。
「ん?週10件?」
あまりにも少ないその数に驚きつつも、いざ畑に足を入れるとその規模である理由が見えてきました。
おじいさんになっても持続的にやれるように
「はい、朝ごはん~!」
そう言いながら、畑から採れたてのプチトマトとちぎったパセリの葉を手に乗せ差し出してくれたこじょうさん。旅の2日目の早朝、cayocoさんの頭痛を吹き飛ばした理由をいよいよ紐解くべく、星の坊主さまの畑見学が始まりました。
畑の広さは3000平米。この数字は他の有機農家に比べると“すごく”少ない規模だそう。「他の農家さんから『大丈夫?』って聞かれる規模です」と笑うこじょうさん。
この規模にこだわる理由をこう教えてくれました。
「年を取っても持続的にやれるように。仕事に追われてしんどくなるのは絶対やりたくないと思って、健やかに朗らかに暮らしたいから。」
畑は付きっきりになろうと思えばいくらでもなれる世界。つまり限界は自分で決められるということ。だからこそ、こじょうさんはあえて逆方向の限界を目指しているといいます。現在は週3〜4日、畑に立つ暮らし。育てている野菜は60品目。水は雨水のみ。農耕機を使って畑を耕すことは一切せず、少しだけ鍬で耕す程度だそうです。
菌は、とっても優しい!
「今年は肥料を全く与えず、微生物を土の中で増やす方法に切り替えたんです。」
畑を眺めていると、草のお布団のようなものが敷かれていることに気づきます。それは野草マルチと呼ばれる、畑に伸びている野草を刈って、苗を植えた畝(うね)に敷き詰め、米ぬかを撒いて土の中の微生物を活性化させる方法のこと。
病原菌と呼ばれる菌は土の中の環境に偏りが出ると出やすくなる。だから大切なのはバランスだとこじょうさんは言います。
「菌は仲良くしていると絶対に応えてくれます。とっても優しい!土の中の発酵熱は彼らのぬくもりで、人肌みたいなホっとする温度。この子たちといい関係性をもっていきたいと思ってます。
彼らは簡単に土に還せるから『やるなあ』ってね。人間の僕らは、葉っぱを土に還そうとしたら少し暴力的な形になってしまうこともあるけれど、彼らはごく自然な営みとして土に還す。この世界の仕組みが内包されているんじゃないかなって。だからとってもリスペクトです!」
鼻歌交じりが一番いい
こじょうさんが「この子」「彼ら」と呼ぶ微生物たちは、畑の中で絶えず共生しているため、土壌の養分が不足して野菜の生育が悪くなってしまう連作障害は起こりづらいのだそう。
「鼻歌交じりが一番いいんです。」
そう言いながらニカっと笑った顔に、背中越しに上ってきた朝日が差してまるで後光のよう。こじょうさんも畑も野菜も、キラキラと眩しく光っている。ああ、これがきっとcayocoさんの頭痛を一瞬で吹き飛ばしてくれた力なんだろうなあと。
「なるべくごきげんさまがいいんです」
西荻窪で暮らすcayocoさんも、小さな畑を始めて2年目とのこと。今年は夏野菜が全然できなかった理由が声かけなのではと思っていたのだそうです。「全然だめだね~、できてないね~って言っちゃってたんですよね。今思うとそれがだめだなあって。野菜たちに聞こえていただろうなあと思ってて…」
それを聞いたこじょうさんはすかさず「絶対に聞こえてると思います」と即答。
「声は振動だから土の中にいる微生物はキャッチするんです。音だけでなく、物事も振動、頭の中で描くイメージも振動。だからなるべくごきげんさまがいいんです。自分の半径3メートル内の世界は、自分のマインドを投影してるんじゃないかって思います。」
おしゃべりなバターナッツの保存食づくり
こじょうさんの畑でどっさりいただいたバターナッツを手にしたcayocoさんは、素材の味が伝わるシンプルなペースト状の保存食をつくることに。台所に立ったcayocoさんにこじょうさんのバターナッツの感想を聞くとこんな答えが返ってきました。
「しゃべるのでナイフを入れるのに勇気がいります。きっとこじょうさんがたくさん話しかけて作っているからでしょうね。」
そう言いながら笑っていると、ひょいと台所に顔を出したこじょうさん。バターナッツに向かって「しっ!あんましゃべらないで!」と一言いって奥の部屋へと去っていきました。
その後ろ姿にcayocoさんも、写真担当の浅田さんも、私も大爆笑。まだ火は入れていないのに、台所が笑い声で一気にあたたまると、cayocoさんの包丁の音が優しく響き始めました。
みんなあるべき座標で輝いている
畑の野菜も土の中の微生物も、目の前の人さえもごきげんにしてくれるこじょうさん。ただこの姿は、決して昔から続くものではないのだと話してくれました。
「10代の頃はネガディブ思考で挫折を繰り返して、イライラすることが多かったです。慢性的な自信のなさを持ち合わせていました。僕はこれまで4~5回生まれ変わっていると思いますよ。」
そう言いながら過去の学生証や免許証などを10枚ほど並べて見せてくれたのですが、どれも今のこじょうさんとは別人のような顔つき!
「今僕の周りにいる人は、羨ましいくらいに目の輝きがいい人ばかり。そういう人たちに出会えていることで自分の行く先はOKだなと感じられています。素敵な人たちの特徴って、距離感が詰まることがないんです。星空で例えると、みんなあるべき座標で輝いている。
人と人が集まるのは、いっときだからいい。まだ僕はあちこち動いている星なんだけど、昔ほど無理に人との距離を詰めようとがんばることがなくなりました。それぞれの点で存在している方が持続的で心地よくなれることがわかったんです。」
「おとずれる人によろこびを、かえる人にはうるおいを。」
そんなこじょうさんが唯一昔から変わっていないのは物語を書くこと。「小学生の時からでたらめの作文を書いてクラスメイトを笑わせたりすることが好きでした。これまで出会ってきた人が面白いから、事実をちょっと変えて小説にして、野菜便に入れています。そうするとより僕らしくなるかなって。」
こじょうさんがこれまで書いたという、野菜便に添えられたお便りに綴られた物語を読ませてもらっていると、こんな言葉が目に入ってきました。
「おとずれる人によろこびを、かえる人にはうるおいを。」
これは物語に登場する「家」の言葉。まさに星の坊主さまのことですね、と言うと「いやー、これは家が言った言葉だからね」と照れながらはにかむこじょうさん。
いやいや、間違いなくこの場所のことです。だって、たくさん笑って、たくさんおいしものをいただいて、ここにいることと、自分でいることにこんなにも安心できているんだもの。
自分が幸せにできる人は見渡せるくらいでいい
小雨が降る朝の6時半。佐久市を発つ日の朝。cayocoさんは、とうもろこしで出汁をとったお味噌汁を作ってくれました。この場所で過ごした2日間を振り返るcayocoさん。
「こじょうさんの畑の大きさはちょうどいいなあと思います。自分が幸せにできる人は見渡せるくらいでいいんだなって思いました。」
こじょうさんの畑は決して小さいのではない。世間の常識的には小さい規模と呼ぶかもしれないけれど、実はそれがちょうどよいこと、十分であること、そして何より大事なことでもあると教えてくれました。
自分の半径3メートル内を見渡してみると、大切なことがきっと見えてくる。今日もごきげんに、健やかで朗らかな一日になりますように。
写真:浅田剛司
この特集の目次
- 「自分が幸せにできる人は見渡せるくらいでいい」長野県佐久の星の坊主さま・こじょうゆうやさんに聞いた、ごきげんな畑の話
- 集まった人たちの心でとびっきり美味しいごはんが生まれる。阿智村の森田自然農園の「茗荷祭り」。
お知らせ
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