料理家cayocoさんの食を人をつなぐ旅「food letters」春・福岡編、前回までの話はこちら
食べた人がどうやったら喜んでくれるか、
そのことを心の片隅に置いて
旅でお世話になった人を招く夕食会の準備の日の夕方。台所では、ブロッコリーと甲イカの炊き込みご飯のガス釜のスイッチが入り、フリッター用に里芋を潰したり、土鍋では昨日絞めてもらったばかりの鶏肉がコトコト。cayocoさんは黙々と、着々と夕食会の準備を進めていきます。
そこへ、アテンドの角さんが開く部活動の中学生が夕食会のお手伝いをするため、ひとり、またひとりとやってきました。
次第に賑やかになる家の中。はじけそうなくらい元気な笑い声で、夕方のひんやりとした空気も熱気に変わっていくほど。
お手伝いしてくれるのは、中学一年生のりなちゃん、あやかちゃん、ひびきくん、かずまくんの四人。
料理の準備についてcayocoさんから彼らに伝えられたのは、こんな言葉。
「一番大事なのは、食べた人がどうやったら喜んでくれるか、そのことを心の片隅に置いて作ってください。」
「なんで料理しよー時、愚痴りよるん?」
西日が射す縁側で、大きな声で笑い転げながら手伝いをする中学生たち。ブロッコリーと甲イカの炊き込みご飯が出来上がり、おむすびを握るようcayocoさんから頼まれました。
つまみ食いをしながら熱々のおむすびを握る中学生は、おしゃべりをしながらいつの間にか友だちの噂話を。ちょっと陰口にも聞こえるその内容に、突然一人の中学生が口を開きました。
「なんで料理しよー時、愚痴りよるん?料理にうつろーが!」
ピタっと止まる他の三人。突然、彼らにカメラを向けていた旅の写真担当である浅田さんが、この旅一番の真剣な面持ちで力強くこう語り始めました。
「そうなんです!いつも料理をする時、cayocoさんが言っていることです。昔cayocoさんは『バカヤロー!』って言いながら握ったおむすびと『ありがとう』って言いながら握ったおむすびを作って、味が違うか実験をしたことがあるんです。その時、味が全く違ったって言っていました。」
肯定すること、ゆるすこと、受け入れること
台所で他の準備をしていたcayocoさんは、出来上がったおむすびたちを眺めて、穏やかに笑いながらこう言いました。
「いろんな主張、いろんな言葉。お話しながら、おしゃべりが伝わってくるおむすびですね。」
子どもたちと浅田さんのやり取りは、耳に入っていたかはわかりません。けれど、ふふふ、と笑うその顔は、どんな言葉も姿勢も受けとめてくれる、cayocoさんの生きる姿そのもので、なんだか私は泣きたくなるような、優しさに包み込まれた気持ちに。
肯定すること、ゆるすこと、受け入れること。お店で日々ごはんをつくりながら、その心をcayocoさんは誰かに渡しているのかもしれません。
だから「なんだかホッとする」。cayocoさんのごはんを食べた人は、そう言うのかも、と。
料理はこんなにも人の心を伝えてくれる。こんなにも伝わってしまう。
ああ、なんてシンプルなんだろう。
畑から摘んできた菜の花、庭に咲いていたカラスノエンドウなど、色鮮やかな野草で飾られると、一段と美味しそうにみえる料理たち。彩り豊かなごはんが、誇らしげな顔でテーブルに並び始めました。
時計の針は18時半。「こんばんはー。」遠くで聞こえたその声の元へ、cayocoさんは小走りで向かいます。
写真:浅田剛司
<つづく>
この特集の目次
- 料理家cayocoさんの食と人をつなぐ旅 第1話「かわいい」と感じる目と心。そこにはいつだって愛がある。
- 人と同じように野菜に対しても、心を大切に置くこと。
- 旅先で心に沁み渡る、一日が穏やかに終わることの尊さ。
- 知らないって寂しい。知るって嬉しい。だから人は優しくなれる。
- 旅の偶然の出会いは、なんでもない風景を忘れることのない景色へと変える力がある。
- 料理はこんなにも人の心を伝えてくれる。
- 人が人を想う心は見えないけれど、本当はこの世界に溢れている。
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