料理家cayocoさんの食を人をつなぐ旅「food letters」春・福岡編、前回までの話はこちら
もぐもぐしながら、野菜の声に心を研ぎす
津屋崎の町歩き、2日目。この日は漁港の朝市を見物してから朝ごはんを食べ、まずはアテンドの角さんの畑へ向かいます。
山登りが趣味だというcayocoさん。せっかくなので、畑まで歩くことに。橋を渡り、干潟を抜けると人や車の通りがほとんどない静かな田園風景が広がります。
角さんの畑は、お母さんとお祖母ちゃんと共に野菜づくりをしているとのこと。この日もお母さんの姿がありました。
「かわいい畑ですね。」とcayocoさん。新玉ねぎをよいしょと力強く抜いていきます。すると根っこの元気な音が。採れたての根っこに触ってみると、あまりにもみずみずしいので一口食べてみると「玉ねぎの味!」。
畑から採ったばかりの野菜は、葉っぱや根っこであったり、普段口にしない部分さえも生き生きと美味しいのです。そしてcayocoさんは、躊躇することなく当たり前のように色々な葉っぱを口にします。もぐもぐしながら、野菜の声に心を研ぎすませているよう。
「やっていることが生命の根源ですからね」
黙々と野菜に向き合うcayocoさんの隣で畑に立っていると、あまりの静けさに頭の中が澄んでいく感覚に。
お母さんの腰につけているラジオから微かに聞こえてくる音楽。鳥のさえずり。土を踏む足音。時々通り過ぎていく車のエンジン音。
「畑にいると雑念が飛んでいきそうですね」と角さんに話しかけると、こんな答えが返ってきました。
「やっていることが生命の根源ですからね」。
その声は、静かな畑に立ったまっさらな心に、コトンと響きました。
帰り道、農家さんとばったり出会う
畑を後にした私たちは、近所の鶏舎をたずね、そのあと野草を摘むために山道へ進みます。
両手には、わらび、卵、よもぎ、ルッコラの花等々。お土産がたっぷりになった帰り道、角さんの知り合いの農家さん、花田祐輔さんにばったりと出会いました。
「2日前にとっとーけん、持っていかんね。」
そう言って箱をひっくり返すと、どっさりと里芋が。触ると、まだみずみずしく新鮮なことがわかります。
「畑にも大根はえとーけん、持って帰りんしゃい。」と祐輔さん。私たちは来た道を戻り、祐輔さんの畑にお邪魔をし、立派な大根とわさび菜をいただきました。両手に抱えきれないほど盛りだくさんのお土産と共に、浜の家へ戻ります。
採られていることに気づいてないくらいのトマトの話
帰り道cayocoさんは、こんな話を教えてくれました。それはお店を始めてから、料理に使わせてもらっている野菜を育てる農家さんを訪ね、その畑で採れたてのトマトを食べた時のこと。
「採られていることに気づいてないくらいのトマトだったんです」。
つまりそれほど、野菜の命をそのまま感じられるトマトであったということ。以前cayocoさんに身体と心を大切にするごはんについてお聞きした時「できるだけエネルギーが高いものをとることが大切」という言葉がありました。それは、畑で実感した想いがあるからこその言葉。
普段車で通り過ぎてしまう畑からは感じられないけれど、野菜と共に土の上に立つことで、今この瞬間、静かに生きているたくさんの命が見えてきました。
どんな野菜たちも、土と共に過ごし、畑の静けさを知っていて、そして野菜と日々向き合う、誰かの手のことも記憶している。
知らないって寂しい。知るって嬉しい。
どうやら私たちは、気が遠くなるほどたくさんの命を受取りながら、手にしていることも忘れながら、葉っぱや根っこの強さもおいしさも知らずに、今日は何を食べようかと飽きることなく考えながら生きているようです。
知らないって寂しい。知るって嬉しい。そして嬉しいから、人は優しくなれる。
明日はいよいよ、お客さまを招いた夕食会。台所にはさっきまで畑にいたたくさんの食材が、今か今かと出番を待っています。きっと彼らの静かな声は、cayocoさんの心がすでに受けとめているはずです。
写真:浅田剛司
<つづく>
この特集の目次
- 料理家cayocoさんの食と人をつなぐ旅 第1話「かわいい」と感じる目と心。そこにはいつだって愛がある。
- 人と同じように野菜に対しても、心を大切に置くこと。
- 旅先で心に沁み渡る、一日が穏やかに終わることの尊さ。
- 知らないって寂しい。知るって嬉しい。だから人は優しくなれる。
- 旅の偶然の出会いは、なんでもない風景を忘れることのない景色へと変える力がある。
- 料理はこんなにも人の心を伝えてくれる。
- 人が人を想う心は見えないけれど、本当はこの世界に溢れている。
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