郷土料理を地元のお母さんから習い、新米お母さんたちと共に作る
私が東京から移住し、住んでいる福岡県福津市の津屋崎という町では、毎年4月に「よっちゃん祭(よっちゃんさい)」というお祭りが開かれます。「寄っちゃんさい」「酔っちゃんさい」という二つの意味が込められているこのイベント。もともとは新酒祭りが発展してこのお祭りになったそうです。いつもは静かな津屋崎千軒の一帯ですが、このお祭りの期間は普段シャッターが閉じているお店や民家の軒先に、賑やかな出店が並び、たくさんの人が訪れ活気にあふれます。
私はこれまでお祭りを訪れる立場でしたが、今回はじめてお客様を迎える立場としてこのお祭りに関わりました。それは、津屋崎の郷土料理を地元のお母さんから習い、新米お母さんたちと共に作るというもの。大きなお鍋で、100食以上のごはんを作るのは、はじめての体験。この町に昔から継がれている料理を習うことで見えてきたこと、お祭りを通じて味わえたことを、綴っていきたいと思います。
「吸いだぶ」は冠婚葬祭時に余った材料を無駄なく使うための料理
今回、お祭りで振る舞うのは、津屋崎の郷土料理「吸いだぶ」。冠婚葬祭の時に、お煮しめなどで余った材料を無駄なく使うために作られた料理です。お祭りの約2週間前、もともと燃料屋だった旧王丸屋(おうまるや)という、場所に集まり、地元のお母さんから作り方を学びました。
教えてくださったのは、津屋崎千軒の国登録有形文化財「津屋崎千軒民俗館 藍の家」保存会代表の柴田富美子さん。柴田さんは、この町のみんなのお母さんのような存在。もともと結婚を機にこの町に移り住んできた柴田さんも、先輩お母さんたちから吸いだぶ作りを学んだそうです。郷土料理というのは、こんな風に自分たちの世代から次の世代へと、バトンで繋がれているものなんですね。
吸いだぶの作り方を簡単に説明しますと、出汁は昆布と干し椎茸。具材は鶏肉(福岡ではかしわと呼びます)、大根、人参、ごぼう、蓮根、里芋、厚揚げ、こんにゃく、椎茸を約1センチ角に切ります。根菜類が煮えたら、丸麩とかまぼこを加え、味付けは塩、薄口醤油、みりん、砂糖少々。味が整ったら、片栗粉でとろみをつけ、最後にお好みでしょうがを添えていただきます。
この味付けというのが、かなりの難関でした。大量に作るので、それぞれの調味料の分量を数値で教わるのは難しいため、みんなでさぐりさぐりの味付け。舌で覚えていくのは、食に対する繊細な感覚をフル稼働させるような体験でした。
「心をくだいて作った料理は、決して忘れないものなんです。」
吸いだぶを学びながら、柴田さんが「お母さんの味」についてこんなお話をしてくださいました。
柴田さんのお知り合いの方で、とても丁寧にごはんをつくっているお母さんがいたそうです。お味噌汁は出汁をていねいに取り、食卓には湯気が立つ一番おいしいタイミングで出すような心配りをするお母さん。その元で育った息子さんが結婚をして、二世帯で暮らすことに。ところが、お嫁さんが作るお味噌汁はインスタントのもの。ある日、お嫁さんが不在で息子さんが2階から下りてきてごはんを食べることに。久しぶりに息子のためにはりきってごはんを作ったところ、お味噌汁を口にした息子から出た言葉は、なんと「おいしくない」。お母さんは深く傷ついたそうです。
月日は立ち、息子さんも50代になり、ある時柴田さんはこんな話を聞いたそうです。「今になって思い出すのは、子どもの頃好きじゃなかったけど、母が作るふくめ煮の味。」ふくめ煮とは、出汁と具材を前日に別々に仕込んで作る、とても手の込んだ料理。柴田さんはその言葉を、息子さんのお母さんにそっと伝えたそうです。
「心をくだいて作った料理は、決して忘れないものなんです。」柴田さんは優しい眼差しで、新米お母さんたちにそう教えてくれました。
どんなにお金を使って外食をしても、どこにも見当たらない母の味
子どもは、インスタントやファーストフードなど味がわかりやすいものに走っていくもの。けれども、心を砕いて作った「おふくろの味」というのは、必ず身体で覚えているのだそうです。
私自身も結婚をして実家を出て、自分の家庭を築くようになった時。思い出すのは、やはり母の味。小さい頃は出されると「えー、食べたくなーい」なんて文句を言っていた、高野豆腐、切り干し大根、ひじき煮などを、心と身体が自然と欲しています。料理としてはちょっと地味だけれど「ああ、食べたいなあ」と思い出すあの味。どんなにお金を使って外食をしても、どこにもあの味は見当たらないことを、家を出てようやく気づいたように思います。
今は、自分の子どもたちのために、ひたすらごはんを作っている毎日。添加物がたくさん入っていそうなお菓子を食べたがる息子に、「一生懸命ごはん作ってるんだからね(怒)!」なんて恩着せがましく言ったりもしていますが、いつか息子たちが大人になった時に、私の味を思い出してくれたらいいな、というやんわりとした期待を持ちながら、心を砕いて作ることに、飽きずに望んでいきたいと思いました。
吸いだぶ作りを学んだ後は、前日に仕込み作業をして迎えたお祭り当日。小さな子どもの笑い声と泣き声に囲まれながら、はじめての大きな鍋での調理に悪戦苦闘しながらも、たくさんの方に味わっていただくことができました。
郷土料理を習い、長い長いリレーの一選手になる
王丸屋のお母さんは「吸いだぶは母がよく作ってくれてて、いつでも食べれるものだと思ってたから作り方習ってないのよ」と教えてくれました。
郷土料理というと、その土地に住む人たちが、その土地の人から代々継いでいくものだと思っていましたが、バトンを渡す側も、渡される側も、実はその土地の人かどうかはそんなに関係ないのかもしれません。その時、その場所で生きている人が継いでいくもの。その一員となれたことが、私は嬉しかったです。なんだか、長い長いリレーの一選手になれたような感覚です。
ところでこのよっちゃん祭、個人的に毎年楽しみにしているのは、津屋崎ヨットクラブのヨットクルーズ体験。天気によって運行するかどうかが決まるのですが、今年は良い風に恵まれました。沖に出ると、モーターを止めて風の力だけで進んでいくヨット。子どもにも運転の体験をさせてくれます。
目を細めて、だだっ広い海をぼんやり眺めるヨットクラブのおじさん(おじいさん?)たち。その後ろ姿が可愛らしくもあり、格好良くもあり。風の力だけで勢い良く進んでいくヨットは時に大きく傾き、カナヅチの私はビクビクしていたのですが、おりた後はさっぱりとした、爽快な気分になります。来年はどんな天気でどんな風が吹くのか。そして自分はどんな風景を眺めているのか、この定点観測を続けていきたいと思います。
興味がある方は、ぜひ来年の4月津屋崎まで遊びに来てくださいね。喜んでご案内します!
お知らせ
心がひとりぼっちになった時、そっと言葉で明かりを灯してくれる本、当店オリジナル、作家小谷ふみ著書「よりそうつきひ」が発売となりました(ご購入はこちらから)。 どこか切なくて、寂しくて、愛しくて、ホッとする。なんでもない一日を胸に焼き付けたくなるようなショートエッセイが束ねられた短編集です。読んでいると大切な人の顔が心に浮かんでくる世界が広がっています。